【教育の“質”を問う vol.2・前編】マインドセットと組織づくりで基盤を固める
未舗装の荒野に、下又は立っていた。
そこは可能性を蓄えた肥沃な土壌ではあるものの、十分に耕されてはいない。
あちこちに草花が生えているが、手入れが行き届いていない。
だから、たくましく根を張って成長している木はなく、もちろん実をつけるほどの強さもなかった。
それが2014年頃、すなわち下又がレアジョブにやってきた当時の、オンライン英会話業界の実情。
新しい英会話学習サービスとして市場が拡大し、認知度が高まっていくとともに、事業者も乱立するようになっていた。
一方で、必ずしも教育的知見に裏打ちされたサービスが提供されているわけではなく、オフラインの語学学校と比べると、質の差は歴然。
事実、レアジョブでも一部の領域では売上の伸長に鈍化傾向が見られていた時期でもある。
コストパフォーマンスや利便性だけでは、それ以上前に進めない踊り場に差し掛かっていた。
その背景には、学習者のニーズの変化も関係していたと下又は言う。
かつて、英会話は「外国人講師と楽しく英語で話したい」という動機の“casual learner”が多かった。
しかし2010年代に入った頃から徐々に「いつまでに、どれだけ英語が話せるようになるのか」と学習成果を重視する“serious learner”が増加。
つまり、英語を話せる機会を増やすだけ、目的や方法を定めずひたすら学習するだけ…では、受講者のニーズに応えられない時代を迎えていた。
「Skypeを使ったマッチングビジネスのIT事業者」であるレアジョブを「質を伴った学習体験と成果を提供する教育事業者」へ。
それは、DNAを丸ごと入れ替えるような挑戦に違いない。
退路を断ってレアジョブにやってきた下又にとって、それがたとえどれほどの難題であろうとも、挑む以外の選択肢はなかった。
教育の“質”を高めるために下又が取り組んできたことは「木を育てる」イメージに近い。
土台としての根をしっかりと張り、芯となる幹を強くし、枝葉を広げていく。その先に、学習の成果という実りを育むのだ。
まず、下又は強い「根」を張ることからスタートした。
教育事業者には、ブレーンたる機能が必ず存在している。
その役割は「教材やプログラムを開発する」と「品質を管理し、担保する」。
下又は2015年4月、日本の本社にQuality Control Department(品質管理部・当時。以下、QCD)を立ち上げた。
受講者のニーズを汲み、成果を創出する教材・プログラム・講師の育成を確立するためだ。
しかし、日本だけでは十分ではない。
レアジョブは、日本がサービス運営、フィリピンがレッスン供給という二極体制で展開している。
「品質を管理し、担保する」パートを担うフィリピン側でも、日本側と意識と足並みを揃えなければ成立しないからだ。
メソッドに則った教材を実際に開発するのは、フィリピンの教材開発部門(Material Department)。
講師へのトレーニングを通してレッスンを供給するのは、講師トレーニング部門(Training Department)の役割だった。
国境を超えた三位一体の体制構築が急務だと下又は感じていた。
当時、この2つは組織的に別部署として独立しており、なかなかスムーズな協働ができていなかった。
そこで、2015年10月にはレアジョブフィリピンにもQCDを設置。教材開発部門と講師トレーニング部門を包含し、より連携しやすい体制に整備した。
そもそも「レアジョブのサービス品質を管理し、担保する」とは?
具体的には「顧客である日本人受講者のニーズを、フィリピン人が的確に理解し、レッスンを通して応えること」である。
言葉でまとめるのはたやすいが、実際に行うのは途方もなく難しい。
なぜなら、フィリピン人には、異文化の日本の価値観や受講者像をうまくイメージできないからだ。
遠く離れた日本はどんな国なのか。
受講者はどんな文化のもとに暮らし、どんなサービスを求めているのか。
日本人が考える“品質”とは、具体的に何をすること・何をしないことを指すのか。
日本人が日本人にサービス提供するのとは桁違いのハードルが、そこにはあった。
十分な指導知識も顧客理解も持たないままで、レッスンというサービス提供の最前線にフィリピン人講師を立たせることこそ、教育の“質”を根幹から揺るがすリスクとなっていた。
だから、下又は毎月フィリピンへ飛び、ひたすら説き続けた。
教材や講師を統べるレアジョブフィリピンスタッフのマインドセットの変革から始めたのだった。
日本の市場の様子や日本人が求める英会話レッスンとはどのようなものなのか、どんな競合事業者がいるのか、無料会員登録からレベルチェックテスト、カウンセリング、有料会員登録…というサービスの仕組みも、きめこまやかに説明し続ける日々。
時には、下又が講師役を務め、受講者役のスタッフに良いレッスンと悪いレッスンを体感させるロールプレイングも行った。
たとえば、あえて1分遅れてレッスンを始めてみる。フィリピン人には、それの何がいけないのか理解できない。
そこで初めて「日本には時間遵守を重視する文化があり、だからレッスン開始時刻は遵守しないといけない」と、体感して理解する。こんな取り組みを、下又は愚直に積み重ね続けた。
また、下又は「誰の方を向いて仕事をしているのか?」という本質的なベクトル合わせにも注力した。
スタッフに支払われる給与は、日本の本社から送金される。日本の本社は、日本にいる受講者からお金を受け取っている。そして、その受講者と日々接しているのは他ならぬフィリピン人講師たちだ。レッスンの品質が下がり、受講者の満足度が下がれば、キャッシュフローが断たれ、自分たちに跳ね返ってくるのだ…と率直に伝え続けた。
レアジョブ全体が一丸となり、顧客である受講者を真摯に見つめてこそ、教育の“質”は保たれる。
日本とフィリピンの間にある文化や価値観の違いがハードルになるのだとしたら、そこにあるギャップを地道に埋め続ける努力をする。
取り組みからすぐに変化や成果が芽吹くわけではない。
それでも下又は、のびやかに木が育った数年後を見据え、丹念に手をかけながら「根」を育てあげていった。
後編はこちらから。
※役職、部署名などは2021年3月時点